友近健二で遊ぼう!  謎の美女?と遊ぼう!

 エリザベスさんに弄ばれた翌日、俺はひとりではがくれにいた。
 いや、わかっていた、わかっちゃいたんだよ、アイツが連れてくる女が俺になびくわけないじゃんって。
 そもそもアイツと付き合いがあるという時点で、これはなにも恋愛っつー意味じゃなく単純に知り合いという時点で、俺より顔のいい奴を見慣れてるんだから、アンタそりゃムリでしょ…
 ということで、今後アイツからの女性の紹介は一切受けない!俺は俺の力でマイ・ラヴを手に入れてやる!
 それにしてもアイツもひでぇよな…まさか自分の彼女(確か7人目)をけしかけて俺をからかうとかちょっとやりすぎだろ…俺とアイツの仲ではあるけども、ここは一発くらいガツンとかゴチンとかいっちゃってもかまわないんじゃなかろうか…いや、でも俺そんなキャラじゃない気もするな。まあなんにせよ、一言いってやらないと気が済まないのは確かだから…
「友近…」
 ラーメンを目の前に天を仰いでいた俺は、不意に呼びかけられて必要以上のキョドり具合で声のする方を見た。まったく、どうして毎度毎度俺の予想外のタイミングで、気配を殺して現れるのやら…
「…ごめん」
 そう、その声の主は他ならぬアイツだった。

「…ごめん」
「あーもういいから、わかったって!」
 昨日のことを問い詰めてやろうと思う間もなく先手を打たれた俺はすっかり毒気を抜かれて、パンチ1発分の味玉と替え玉に食いつきながら、となりで両手を合わせるアイツにプラプラと手を振った。
 珍しく真摯に反省してるらしいアイツはそれでもなお「あれは本当に世話になってる先生みたいなものだ」とか「断じて自分がけしかけたわけではない」とか、「あ、でも部屋には来たことが…」とか必死に弁明を…してねぇー!なんだかんだでいいカンジだってことだってことしか伝わってこなかったので、俺は再度むっつりして無言でラーメンをすすった。
 自分の失言に気づいたのか、はたまた俺の様子に気づいたのかアイツははっとしてもう一度手を合わせるようなポーズをとって、いかにも「埋め合わせといってはなんだけど」という感じでこう切り出した。
「もう一度年上の女の人を紹介させてくれ」
「あー、ダメダメ」
 俺は今度はブンブンと手を横に振って、さっき思っていたことを言ってやる。
 すなわち「悔しいがお前はオシャレ心は足りないが俺より顔だけはイケてるから、お前と付き合いのあるヤツを紹介されても望み薄」である、と!!
 すると、ニヤリ、とアイツは笑ってこう言ったのだ。
「大丈夫、向こうは俺の顔を知らない」
 一体全体どういう謎かけなのかはわからないが、自信満々でそう言って、アイツはどんぶりの底に残ったスープをレンゲですくって見せたのだ。

 数日後、俺はまた青髭ファーマシーの前でたたずんでいた。
「大丈夫、テンションは高いけどいい人だ」
 とのアイツの言葉を信じたわけではないが、たまたま欲しいCDが出ていたので、それのついでに逢うくらいなら、と思って出てきたわけだ。本当である、断じて、断じて今回は過度の期待はしていない。待ち合わせの時間まで、あと、1時間。

「注意事項?」
 はてなを一つ多く浮かべて首を傾げる俺に、あの日、アイツは教えてくれた。
 その人はネット上の親友で、オンラインゲームの仲間だということ。
 ゲーム中は基本的にチャットしているだけなのでゲームの内容は適当に相槌でOKだということ。
 自分のことはとりあえずおもしろめの好青年だと思っているのでそう振舞うこと。
 あとたぶん、相手は女教師なので期待してもいいということ。
 後はアドリブでうまくやれ、と。つまりアイツの代わりにその「Y子」って人と「N島」として会えってことらしい。もしアレなら、適当に切り上げて帰ればいいし、まあ会ってみろ、と言ったアイツの顔を思い出す。

 約束の時間まであと20分。
 ふとモールの入り口を見ていると、見慣れた影がキョロキョロし、俺の方をみて視線を止めた。
「…かー……も近ぁー」
 マンガっぽいベタな呼び方で近づいてきたのは案の定アイツだったが、なぜかとても焦って見えた。
「お、おう。お前があんまり言うから来てやったぞ」
「友近!」
 明らかに待ち疲れた俺の顔にツッコミもせずにガッシと俺の両肩を掴んで、まっすぐ俺を見つめてくる。
「え、な、なんだ?」
「今日の朝、その、寮を出る前にY子とチャットしてきたんだが」
「あ、ああ、それで知ってなきゃいけないことでも出来たとか」
「いや、重大な事実に気づいてしまった…」
「へ?」
 アイツはまわりをキョロキョロして、なにかを探す。探していたモノだか人だかがないのを確認して、もういちど俺を見据えた。
「友近、これはその、フェスの前にはじめたから追加要素とかそういうのは無視で4月に聞いてないことを前提に聞くけど」
「フェス?追加?へ?」
 突然現れた意味不明な単語に目を白黒させる俺。
「鳥海先生のこと、どう思う?」
「はぁ?」
 さらなる予想外の単語に頭がついていかない。とりあえず、言葉どおりに受け取っていいんだろうか?
「え、えっと、いろいろ適当だけどいい先生なんじゃね?おもしろいし」
「んー、違うな、その、えーと。女性として」
「はぁ?なんでまた…」
「いいから!」
 何かに追われているような顔をして必死に俺を問い詰めるアイツは、しきりにまわりを見回して落ち着かない。
「ま、まあ年上には違いないけどな、なんかあの人生活力なさそうだし、そもそもなんつーの?大人の魅力とか色気みたいなのはないよな。先生としては嫌いじゃないけどさ、エミリと比べたらやっぱり全然…」
「OK、じゃあ…」
 言い終わる前に俺の腕を掴んだアイツは、脱兎のごとく走り出した。
「わっ!?わわっ、な、なんだよ!」
「いいから!とりあえずこの場所はマズい!」

「黒澤さん!匿ってください!」
 そう言って飛び込んだ先は、すぐ近くの交番だった。
「ん?ああ、何かあったか?」
「いやちょっと、トラブルでして。すぐ出てきますからおかまいなく」
「イヤ、お前ここ交番…」
 いくらなんでも交番に逃げ込むことはないだろう。それとも国家権力に頼らないといけない事態なのだろうか?そもそも逃げ出した意味もわからない俺は目の前の警官にじろりと睨まれ、意味もなく縮み上がっていた。
「そっちは?見ない顔だが」
「あ、えっと、ツレです」
「そうか、わかった」
 それだけ言って警官は奥に引っ込んでしまった。え、何?この子警官にコネあるの??
「友近…」
 過去最大のクエスチョンマークをぶら下げたまま俺の顔が強引にガラスの外に向けられる。
「痛ぇ!なにすん…あれ?」
 無理やり向けられた目線の先にはさっきまで俺達がいた青髭ファーマシーが。そして、そこに一人の女性が歩いてくるのが見える。
「…鳥海先生?」
 見れば見慣れた担任の教師が青髭ファーマシーの前にやってきて、立ち止まり、あたりを見回している。時計や携帯を見てはキョロキョロ…なんとも落ち着かない風だ。なんとなく俺も時計に目を落とすと、待ち合わせの時間まであと5分しかなかった。
「な、なあ、鳥海先生が来たから逃げたのか?気持ちはわからないでもないけどその、Y子さんとの待ち合わせが」
「あれがY子だ…」
「あー、そうなんだ。へー、鳥海先生がY…」
 大きく息を吸い込み
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!」
 奥からさっきの警官が飛び出してくるほどの大声を上げて、俺はその場にへたりこんだ。

 所変わって、ここはいつものはがくれ。目の前にはいつものラーメンがうまそうな香りと湯気を立ち上らせてはいるが、どうにも箸が進まない。
「「はぁ〜……」」
 俺とアイツは同時にため息をついて、顔を見合わせた。
 あの後、アイツが携帯でY…鳥海先生にメールを入れて、急用が出来たと伝え、俺達はそーっと交番を出た。
 メールが着信したときの先生の華やいだ表情と、読んだ後の落胆の表情は学校では見たことのないものだった。ついでに言うと、あの気合の入った服装や化粧も見たことのないものだった。もちろん、その姿に「ちょっといいかも」なんて思ったりはしていない。うん、していないはずだ。
「ゴメン、友近…」
「いや、いいって、知らなかったんだし…」
「「はぁ〜……」」
 再びのため息。もうなんだかいろんな気力を一気に吸われたような気がする。
 結局、今日の朝チャットをしていたら、どうにも決定的に鳥海先生だとわかる発言があったらしく、それでコイツは俺に確認を取りに来たのだという。「相手が鳥海先生でもいいか」の確認を。
 広大なネットの海で、自分の担任と出会ってしまうとはなんともはや、偶然とは恐ろしい……
「なあ、友近」
「あーん?」
「こんどこそ…年上の…」
「…もういいわ、さすがに」
「やっぱり旦那のいるお婆さんじゃダメか」
「…ツッコむ気力も湧かねえよ」

「「はぁ〜……」」
 何度目かわからない俺達のため息のハーモニーは、店内の喧騒に散っていくのだった。

home