友近健二で遊ぼう!  エリザベスさんと遊ぼう!

 時は1月の中旬、正月ボケもやっと抜けた休日の昼のこと。
 家でゴロゴロしていたオレの携帯が鳴った。
「ん…?アイツから電話?珍しいな」
 携帯のディスプレイにはマブダチのアイツの名前が映っていた。
「もしもしー?どうしたー?」
 着信ボタンを押して、ひとつ高い声のトーンで応える。
 そのときは、まさかあんなことになろうとは……ってこれは前もやったっけ?

「青髭ファーマシーの前に3時、っと、間に合ったー」
 オレはアイツに言われた通りの時間にポロニアンモールにやってきていた。
 刺すような冷たい風がコートから出ている顔や手を容赦なく襲う。
 時間を確認するために出した携帯をジーンズの、かじかむ両手をコートのポケットに突っ込む。
 アイツからの電話は全くもって予想外の内容だった。
『こないだのパーティーのお礼に友近に大人のお姉さんを紹介してやる』
 聞いた時は寝そべっていたベッドから転げ落ちるかと思った。
 クリスマスの一件でコイツの女たらしっぷりは承知している。が、たしかコイツに年上趣味はない。
 ってことはつまり、敗戦処理とか厄介払いとかでなく、純粋に紹介してくれるってことじゃないのか?
 オレは了解して電話を切ると、シャワーを浴びていつもよりすこしだけ気合を入れて服を選んだ。
 そして、電光石火の動きでこの場所まで到達したわけだ。
 待ち合わせ場所にはまだアイツも、それらしいお姉さんの姿も見えない。
 オレはモールに入ってくる二箇所の入り口をじっと見据えていた。
「友近」
 あらぬ方向から名前を呼ばれて俺はあわてる。
 声の主は他ならぬアイツだった。
 おかしい…モールの入り口は青髭ファーマシーを背にしたオレから見て、正面と左側だけなんだが
 どう考えても今コイツは右側から来た。
 そっちにあるのは行き止まりの路地裏と、カラオケ屋くらいのもんなんだが…
 ま、まさかこいつ路地裏であんなことやこんなことを!?
「友近、ストップストップ」
 オレの妄想エンジンに火が入ったのを確認してアイツがやんわりと制止する。
「友近、こちら、エリザベスさん」
 そう言うと、さっきから視界に入ってはいたが、まさか違うだろうと思っていた青い服の女性を指す。
「はじめまして、エリザベスと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「あ、はっ、はじめまして!オレ、友近健二です!よっ、よろしく!」
 まさか、こんな美人さんで、しかも外国の人だったなんて…オレは心臓がターボで脈打つのを感じていた。

「あ、あの、エリザベスさんはどこの国の方なんですか?」
 目の前の青い服の女性に問いかけると、その人は紅茶のカップを持った手を止めて一瞬視線を宙に漂わす。
「国…ですか。残念ながら私、どこの国にも属しておりません。強いて言えば狭間に生きる無国籍…ロマンチックな響きでございますね…」
「はぁ…」
 良くわからないが、きっと日本語があまりうまくないんだと自分を納得させた。流暢だけど。
「あ、あの、どこ行きます!?映画?カラオケ?あ、それとも…」
「そうですね、以前あの方にこの一帯は案内していただいたのですが、映画、と言うものは初体験でございます。是非お願いいたします」
 そう言って頭を下げるエリザベスさんにオレはドキドキしていた。この人の言う「あの方」とはオレの親友のアイツのことで、どうやらこっちに引っ越してからいろいろと世話になったらしい。
 しかしながらキレイな人だ…透き通るような白い肌に魅惑的なオレンジの瞳…それにボディラインを強調するかのようなタイトな服!一昔前のボディコンってやつ?いやあ、大人の魅力満載!万歳!…1月に袖のない服を着るのだってきっと寒い地方の人だから、日本の気候だと冬でも暑いくらいなんだ…確かロシアの人の肌が白いのも…
「あの、友近様…」
「あ、すいません!じゃ、じゃあ行きましょう!」
「かしこまりました」
 丁寧な会釈をして、エリザベスさんはオレの後をついてくる。しかし、会った時からそうだが「様」付けで呼ぶのはどうなんだろう。俺としてはやっぱり?お姉さんの?なんつーの、色香に惑わされたい部分があるって言うか?「ちゃん」はやりすぎでも「君」くらいがいいかなーなんて思ったりしちゃうわけですが?いや、でも「健二」って呼び捨ても捨てがたいか。「健二ィ〜?」ってダルそうに言われるのとか?うん、これもアリかもしれない!エミリの時は基本的に先生と生徒だから「友近君」だったけど、やっぱり二人だけの呼び方ってのはいいよなぁ、なんというか独占欲?みたいなものが満たされる感じで。あ、そういえば独特の呼び方っていうと順平のやつが「ともちー」とか言ってたな。さすがにアレは勘弁願いたいんだが…
「…様…友近様…?」
「……あっ、スイマセン!ちょっと考え事を」
「いえ、存分にお考えくださいませ。で、こちらが映画館ですね…虚構の物語を追体験することでひとときのほの甘い幻想を魅せる魅惑の箱…楽しみです…」
「そっ…そうですね、入りましょう」
 一つわかったことがある。この人は日本語がヘタなんじゃない、オレがこの人の語彙についていけてないんだ。もしかすると学者さんとかなのかもしれない。それなら堪能な日本語にも説明がつく。
 スーツや白衣のエリザベスさんを妄想しつつも、暴走しないように自制してチケットを二人分買う。いきなりラブロマンスってのもなんだからベタなチョイスの大型アクション映画を選んで中に入る。

――2時間後
「いやぁ、お、おもしろかったですね…エリザベスさ…」
「はい、もぐもぐ、堪能いたしました。私体験するまでは(むしゃむしゃ)映画というものは映像がメインだという意識に囚われていたのですが、まさかこれほど、ごくごく、充実した飲食店だとは思っておりませんでした」
 そう言うエリザベスさんは「3個目の」LLサイズのキャラメルポップコーンのバケツに手を入れながらニコニコと笑っていた。半ば空のそのバケツには、同じくLLサイズのコーラのカップが入れてあった。彼女は劇場に入るなり、売店から漂うあの甘ったるい香りに引き寄せられるかのように、両手一杯の食料を買い込み、オレは「おひとつどうぞ」の声に胸焼けを感じながらも終始食べ続けた。
「大きな音と目まぐるしく視覚に訴える映像の変化が食事をより一層楽しく演出する、高度な休養と栄養補給の形態を体験させていただきました。ありがとうございます」
「は、はあ、それはどうもです…」
 どうしよう、美人ではあるがこれはあまりにも持て余す。恋愛経験がさほど豊富ではない俺だが、さすがに未知のタイプに過ぎるのではないか…不安に目頭を押さえていると、不意に片方の腕が引かれた。
「それでは、次へ参りましょう」
 そう言うエリザベスさんは、オレの腕に、自分の腕を絡ませて…
「は、はい!行きましょう!!」  オレは全ての不安を吹き飛ばすような笑顔で歩き出した。本当に幸せな気分だった。

――その夜、ベルベットルーム
「ありがとうございました、依頼NO.EX「純情な少年を手玉にとってみたい」完了とさせていただきます。今回の報酬は…」
 エリザベスさんは、別れ際次の約束を取り付けようとした友近に「でも、私、あの方とお付き合いをさせて頂いておりますので」と言ったらしい。
 どうもどこかから悪女の出てくる作品を仕入れてしまったらしいエリザベスさんのたっての願いだったとは言え、まさか紹介した俺もこういう弄び方だとは予想していなかったので、明日は殴られるかもしれないな、と思った。

続く

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